こんなにも、いそがない企画102005/11/04 02:35

「誰もいそがない町」という本(ポプラ社)の出版に至る、あまりにもいそがない物語を書きおこしている。

(続き)
S社の編集者O氏はぼくの原稿を気にいってくれ、出版にむけ大車輪で動き始めた。表紙デザインのアイデアや、タイトル案など、次々と上がってくる。

しかし冒頭の文章を見れば、賢明な読者ならわかる。ぼくのこの本はポプラ社から出る。ポプラ社なら、頭文字は当然「P」。どんなに英語の成績が悪い子でも「S社」とはならない。
そう。O氏はこんなにも準備を進めてくれたのだが、最後の段階で、会社の正式なゴーがなかなか出なかったのだ。ハッキリ「駄目だ」といわれたわけではない。が、ペンディングの状態になってしまった。

ぼくも、まるっきりの素人ではない。企画というものは、こういう形でペンディングになると、再び動かすのは容易でないと知っている。
「残念。これまでで一番、実現に近づいたのに……」
あと一歩だっただけに、過去の何度かよりも、落胆が大きかった。

原稿を書いてから、もうすぐ13年になろうとしていた。こんなにもゆっくりと進めてきた企画なのだが、神様はそれでもまだ「いそぐな」と言っているのか? では、いったいぼくは、あとどのくらい待てばいいんだろう?

そんなガッカリしているぼくへ、友人が意外なアイデアを授けてくれた……。
(続く)

こんなにも、いそがない企画112005/11/05 01:39

「誰もいそがない町」という本(ポプラ社)の出版に至る、あまりにもいそがない物語を書きおこしている。

(続き)
「有名なカフェ・チェーンが、最近、お店でちょっと気のきいた本も売りはじめた。藤井さんが考えている本は、そういう所に向いているんじゃない?」
というのが、友人のアイデアだった。
「広報に知り合いがいる。紹介してもいいよ」
面白い考えだと思った。
ぼくは、本は書店のみで売るべしとは思わない。
世間には、めったに本屋さんに入らない人だって、けっこういるのだ。が、彼ら彼女らも、まったく本に興味がないわけではない。自分たちの生活圏内で本に出会えば、手に取ったりもする。たとえば、カフェで。

「出版社とカフェとのコラボってのは、面白いな!」
と、そういったことの大好きなぼくは、おおいに興味を持った。が、出版社が同じ興味を持つとは限らない。
おそらく、普通に本を作って普通に書店で売るのが、一番楽なんだろう。わざわざ他業種と一緒にやるのは、面倒だと思う。
そこでぼくは、恐る恐る、S社の編集者O氏に切り出してみた。
「あのぅ…、カフェ・チェーンに話をしてみるのは、どうでしょう?」
すると、それを聞いたO氏は。
(続く)

こんなにも、いそがない企画122005/11/06 23:57

「誰もいそがない町」(ポプラ社)という本の出版に至る、あまりにもいそがない物語を書きおこしている。

(続き)
「いいですね! 会いに行きましょう」
実は、嫌がるんじゃないかと心配していたのだが、編集者は乗ってくれた。
さっそく、先方に連絡をとってもらい、ぼくとO氏とでカフェ・チェーンの広報担当者に会いにいくことになった。

当日、有名なカフェ・チェーンの本社に、O氏はわざわざプレゼン資料を作ってやってきた。うかつな話だが、ぼくはそこまでやってくれるとは思っていなかった。ただ、原稿を見せて「一緒にやりませんか?」というような話をすればいいと考えていただけだ。そういうところが、しょせんは世間知らずの作家だ。
出版社の名刺を持って行く人間としては、そんな簡単なわけにはいかない。キチンとコラボの企画提案趣旨を書いた企画書を作り、O氏はぼくの隣でプレゼンを始めたのだ。

こんな経験は、はじめてだった。
(そうか。ビジネスとは、こういうものなんだな)
感心すると共に、
(資料作りで迷惑をかけてしまった)
と申し訳なく思った。さらに、
(ぼくなんかのためにここまでしてもらって、ありがたい)
と感謝の気持ちでいっぱいになった。

はたして、そのプレゼンの結果……
(続く)

こんなにも、いそがない企画132005/11/08 00:53

「誰もいそがない町」(ポプラ社)という本の出版に至る、あまりにもいそがない物語を書きおこしている。

(続き)
「ショートショート」と「童話」と「詩」と、なぜか「漫才」を足したようなショートストーリー集。エッセイのようでもあるし、物語のようでもある。シンプルだが、こども向けではなく、社会に出て数年経った大人にこそ読んでもらいたい。
そういう原稿が、全部で150本ばかりあった。これを本にまとめたい。

ぼくは、これまで、ことあるごとにチャレンジしてきたが、うまくいかなかった。こうして、あまりにいそがないまま、なんと13年。新しく知り合った出版社S社の編集者O氏によって、一気に出版化に向けて動き始めたのだ。
しかし、最後の最後の鍵が開かない。そこで、起死回生の一手。異例の、カフェ・チェーンへのコラボ・プレゼン!

ドラマなら、ここでどういう展開になるだろう?
その熱意によってコラボ出版が実現した!……か? いや、それではあまりに単純すぎる。いったんは断られ、後日、思わぬ逆転劇によって努力が報われる……まぁ、普通はこうだろう。

結果を言うと、このプレゼンは実らなかった。現実とは、そういうものだ。
けれどぼくは、不思議なことに、それほど悔しくはなかった。ぼくなんかのために、こんなに頑張ってくれた人がいる。それが嬉しかった。もちろん出版が頓挫して残念ではあったけど、充実感は残った。
(ここまでやって駄目なら、しょうがない)
と、ぼくは思った。
なんとか気持ちを切り替え、
(O氏には迷惑をかけた。しかし、彼となら何か他の企画でうまくやっていけそうだ)
と、前向きに他の企画を考えはじめた。
ところが、数ヶ月後……
(続く)

こんなにも、いそがない企画142005/11/14 13:31

「誰もいそがない町」(ポプラ社)という本の出版に至る、あまりにもいそがない物語を書きおこしている。

(続き)
これまでに出してきた本で、藤井青銅という名前に多少なりともイメージがついているのなら、「笑いの作家」だろう。それは確かにそうで、異論はない。
が、今回の企画は、そのイメージとは違う。ぼくの原稿を見て、編集者は「いいですね」といいながら、販売側からNGを出される理由はそれかもしれない、と思いはじめていた。
今までの作家イメージとあまりに違いすぎると、そりゃ出版社はビジネスとして不安になるんだろうな。

「だけど、人は一面のみで語れるわけがないじゃないか」
とぼくは思う。
誰だって、いろんな面を持っている。多面体だ。これは作家だからアーチストだからというわけではなく、誰だってそうだろう。安っぽいドラマの登場人物みたいな、単純な正義漢や、わかりやすい悪者、いつもニコニコしている悩みなき女性……などという人間は、存在しないのだ。

ぼくは「笑い」を志向しつつも、この本のような世界も好きなのだ。別に路線変更とかではなく、どっちも藤井青銅なんだけどなぁ、と。
でも、やはり出版社というものはレッテルでビジネスをするのだろう。これからは、そこらへんの対策をO氏とやっていくか……。
そんなことを考えていた矢先、O氏から思わぬ知らせが入ったのだ。
「一身上の都合により、退社します」
(続く)