こんなにも、いそがない企画162005/11/19 11:51

「誰もいそがない町」(ポプラ社)という本の出版に至る、あまりにもいそがない物語を書きおこしている。

(続き)
数ヵ月後、O氏から、突然、メールが来た。
「牧野出版という会社に移りました。ここで、例の本の企画を通しました」

驚いた。
理由その1 S社で迷惑をかけたので、以来、ぼくは彼にこの企画の話は触れないようにしていた。
その2 会社を移った当初というのはいろいろ大変だろう。で、落ち着くまでは連絡もしなかった。
なのに、だ。彼は勝手に(いい意味だが)ぼくの企画を出し、通してしまったのだ。嬉しさよりも、驚きの方が先に立った。なんだか、これじゃ、ぼくの企画を通すために転職したみたいじゃないか!…と。もちろん、そんなわけはないが。

続けて、彼は言う。
「わが社は、大手のポプラ社と因縁浅からぬものがあります。牧野出版からそのまま出すことも可能なんですが、ウチが作ってポプラ社から出すというやり方も探ってみます。その際、編集は私がやりますので、ご心配なく」
なんという配慮。編集者の鑑、とはこういうことか!

ここからは早かった。トントン拍子に話は進む。ポプラ社が出してくれることになった。中の一篇から、タイトルが決まった。「誰もいそがない町」。世間はスローライフという流行り言葉に便乗した本と見るかもしれないが、なにしろ最初に書いたのは14年前。スローライフという言葉はおろか、そういう考え方すらなかった時代なのだ。
活字のフォントも、わざと古いタイプのものを探して使ったという。このへんはO氏のこだわりだ。
表紙デザインをしてくれた大森氏は、原稿を読んで、
「これは各篇のタイトルが面白い。タイトルを並べるデザインにしましょう」
と提案した。
そんなこと思いもしなかったが、なるほど、言われてみればそうかもしれない。自分では気付かない部分があるものだ。

こうして、これまで13年以上、ゆっくり、のんびり、時には回り道をしながら、まさにいそがずに進んできた企画は、わずか3ヶ月後に、本屋に並んでしまったのだ。いそがないにも程があるが、いそぐにも程がある!
(もう少し、続く)