これはみんな、きみの話72011/08/04 09:40

「10本程度を一冊にまとめて、シリーズ化しましょう」
ということになり、ここからが楽しい作業だった。
すべての話を並べなおし、さらに新作も加え、再編集する作業。話の組み合わせ方、並べ方で、その一冊の色合いが変わるのだ。

電子書籍版・第一弾のタイトルは、
「これはみんな、きみの話」
になった。
実はこれは、最初本にする時に、ぼくが考えていたタイトルだ。あの時はいろいろあって「誰もいそがない町」に決まった。それはそれでいいタイトルだったと思う。しかし今回は、初心に戻ることにした。

これはみんな、きみの話62011/08/03 08:47

ぼくは、日本文芸社のM氏に提案した。
「電子書籍に、ショートストーリー集はどうでしょう?」
「まさに、そういう企画が欲しかったんです!」

この話がトントン拍子に進んだ理由は、三つの点があると思う。

1、すでに出版されている本のおかげで、作品世界のイメージが伝わりやすかった。
2、ケータイ・サイト連載時に寄せられたたくさんの感想のおかげで、読者像がハッキリ見えていた。
3、当初の手書きではなく、すべての話がテキストデータになっていた。

…なんだかまるで、いつの日か電子書籍になるために、ぼくは時間をかけて周到に三つの準備を整えてきたみたいじゃないか!
なるほど。
時として、遠回りにも意味がある。

これはみんな、きみの話52011/08/02 10:16

電子書籍は…
《大長編でもかさばらない》
《本を何十冊も持ち歩ける》
…というメリットばかりが声高に宣伝されている。
が、実は、ぼくは以前から、
「そうだろうか?」
と疑問に思っていた。

だって、「大長編を読む人」や「本を何十冊も持ち歩きたい人」というのは、元々本をたくさん読む人なのだ。本屋さんにも足しげく通う人なのだ。
本好きなのは素晴らしいことだが、世の中には「本を読まない」「本屋さんにも行かない」という人たちが増えている。そういう人にとっては、べつに大長編も本何十冊分の収納も魅力ではないと思う。

それに、かつてケータイ・サイトで連載していた時の読者の感想メールが、ずっとぼくの脳裏に焼きついている。
「普段は本なんて読まないけど、ケータイだから読んでみました。面白かった」
というものだ。
ぼくの書く話は、そういう方たちに届けたい。

さらに、Webでの書き込みを見ると、「やっと電子書籍を最後まで読めた!」と書いている人がけっこういる。早い時点で電子書籍を買うのは、本好きな人のはずだ。それなのに、なかなか完読できないとは、どういうことだ?
ぼくも何冊か電子書籍を手に入れてみたが、やはり、最後まで読むのは相当な努力を必要とした。
(データは古びないし、持っててかさばるわけでもないので、いつでも読める)
と安心し、結局、途中でうやむやになってしまうのだ。

「ひょっとしたら…」
とぼくは考えた。
「…電子書籍に向いているのは、実はショートストーリーなんじゃないか?」

これはみんな、きみの話42011/08/01 22:53

「誰もいそがない町」出版から、そろそろ5年が経とうとしてしていた頃。
ipad発売をきっかけに、電子書籍ブームがおきた。
「そうか、電子書籍か…」
とぼくは思った。
かつてケータイ・サイトで連載していた時のことを、思い出したのだ。紙の本に疎遠な人たちに、電子書籍はピッタリなんじゃないだろうか?
そういえば、あのケータイ・サイトが終了する時、担当プロデューサーが言っていた。
「書いていただいた話は、今後、本にしてまとめるなど、藤井さんの自由です。ウチのキャリアに断る必要はありませんよ。でも、こういうストーリーは、本よりも、読者にストレートに届くケータイ端末に向いてると思いますが」
もっともあの時は、こんにちのように電子書籍が活性化するとは予測できなかったのだが。

5年経って、ポプラ社での出版権が切れた。「誰もいそがない町」に書いた話は、再びぼくの手元に戻って来たのだ。加えて、ケータイ・サイトに書いた話もある。併せて80本ばかりのショートストーリーが揃った。

どうやら神様は、ちょうどいい時期に、ちょうどいい人との出会いを用意してくれるもののようだ。
ぼくが一年間一緒に仕事をしてきた日本文芸社の編集者M氏が、ある日、
「今度、電子書籍の担当になります」
と言ったのだから。

これはみんな、きみの話32011/07/31 22:58

さらに、「誰もいそがない町」についての、思わぬ反応を記している。

出版から4年たった頃。NHK-FMでラジオドラマを書いた。ぼくのいつものテイストであるコメディだ。この時、はじめてお会いした女性ミキサーさんが、遠慮がちに聞いてきたのだ。
「あのぅ…、藤井さんって脚本家ですよね?」
「ええ」
「本も、お書きになります?」
「書きますよ」
「……じゃあ、『誰もいそがない町』っていうのは?」
「ああ、ぼくの本です」
「やっぱり!?」

彼女は30歳前後。書店であの本を見て、すぐに買ってくれたらしい。その後も愛読書として、本棚にある。
ところが今回、彼女が担当するドラマ台本を渡され、作・藤井青銅という表記を見て、驚いたという。
「だって、あまりに作風が違うので、同姓同名の方かなと思って」
「こんなヘンな名前の、同姓同名はいませんよ」
「それでホームページを調べてみたら、やっぱりご本人みたいだなあ…って」

あちこちで、ぽつりぽつりとこんな方に、あのショートストーリー集のファンと出会うのは、とっても嬉しいことだ。
できれば、ぽつりぽつりではなく、たくさんの方がいいのだけれど。