東洋一の男?2005/12/31 01:19

小学館「精選版・日本国語大辞典(全三巻)」が、現在発売中だ。
なんと、ここで、わが国ではじめて、国語辞典に「東洋一」の項目が載るらしい!
1月下旬発売の、第二巻(さ~の)に載っているという噂!

ついに、藤井青銅は日本の辞典に「東洋一」を入れた男として、歴史に刻まれる!(予定)

西洋一2005/07/26 23:01

東洋一学会のページ(http://www.toyo-1.com/)にも書いたが、
「西洋一」という表記を発見した。
今回、偶然読んでいた本にキーワードを見つけるという不思議な経験が何度もあり、それは「東洋一の本」の中にも書いた。が、驚くべきことに、その不思議現象は、出版後にも訪れたのだ。

夏にふさわしく「ジョーズ」の原作を読んでいたら、偶然発見した。古い早川の単行本でいえば、第3章34ページ。地元新聞の記者ハリーについての記述で「…西洋一の心臓麻痺候補といわれていた」という訳文が、それ。訳者は平尾圭吾氏。

原作はピーター・ベンチリー。あの有名なユーモア作家ロバート・ベンチリーの孫。親子三代に渡ってベストセラーとハリウッド映画に縁があるという、うらやましい家系だ。う~~~~。
原書ではどう記述されているのか?「JAWS」のペーパーバックを持っている方は、ちょっと探してみてくれないだろうか?

うーん・・・・2005/07/14 01:02

画像がUPできるようになったというので、載せようとしたが、何度やってもうまくいかん。どうやんのかなあ?
ところで、渋谷の有名某書店で「東洋一の本」が「幻想・伝奇」というカテゴリーの棚に置いてあった。ビックリ! あんまりじゃないか、と思いつつも「待てよ。たしかに東洋一というのは、近代日本人が抱いた共同幻想ではあるな・・・」と変に納得。書店員さん、そこまで深読みして置き場所を決めたのか??

続・衝撃の光景2005/06/23 02:58

(続き)
……で、店員さんは結局、その本の束を棚ではなく、ドスンと傍らのワゴンに乗せた。ワゴンには、他にも何冊かの本が乗っている。
(ま、まさか……)
 という私の予想通り、彼はやがてそのワゴンをガラガラと押して、店の奥に消えて行ってしまったのだ。たぶん「返本」なんだろうな。う、う…、悲しい。なんだか、目の前で我が子と離れ離れになるようで、とんと安寿と厨子王の気分である。

 ここで気がついたのだ。店員さんは、どうして食い入るように「東洋一の本」の表紙を見て、悩んでいたのか? 考えるに、毎日山のように配本される新刊書の扱いについて、全国の本屋の店員さんというのは、
①著者が有名
②タイトルが有名
であれば、すぐにどの棚に置けばいいかわかる。そうでない場合は、
③どのジャンルの本か一目瞭然
であれば、やっぱり置き場所はすぐわかる。

 私の本が①②を満たしていないのは、毎度のこと。これはもはやしょうがないので、諦めている。では③なのだが、私はこれまでにいつも意図して、ジャンルの定かでない本を書こうとしていたのだ。「宇宙の法則」もそうだった。「団地になった男」もそうだ。今さらながら、気がついたゾ。
「東洋一の本」の場合、あとがき番外地にも書いたように、少なくとも3種類のジャンルにまたがるなと、これは最初から意識していた。実際、都内大手の書店を見ても、置かれている棚が、普通の新刊、サブカル、マスコミ本、エッセイ、歴史、観光…と書店ごとに違う。悩んでたんですね、みんな。
 某書店のオンラインショップなど、「ギャグ・ナンセンス」というカテゴリーの中に「東洋一の本」が入れられていた。そ、そーなのか? この本って…。
 私は「すでにあるような本を書いたんじゃつまんないし、読者にも申し訳ない」と思って書いているのだが、この思いがかえってアダになっていたのか!!なんてこったい。
 うーん。以上が私の「虎の門事件」でした。

衝撃の光景2005/06/15 11:57

 いやぁ。先日、虎ノ門の某書店で、見てしまったんですね。
 たまたま私が行った棚で、ちょうど店員さんが本の整理をしていた。と・・・彼の手にある数冊の本の一番上が、なんと「東洋一の本」ではないですか!
(おお! 彼は私の本をどうしようというのだ?)
 キョーミシンシン、私は何食わぬ顔でそばに立って、観察してた。

 店員さんが立っているのは「ノンフィクション」の棚。どうやら、そこから抜いた何冊かの本を手に持っているらしい。で、ガサガサといくつかの本を乱暴に入れ替えて、彼はフト、手に持っている本に目を落とす。それは「東洋一の本」。
 おそらく、
(これは、どの棚に置くのか?)
 ということを思案しているのだろう。
 私としては、
(悩まなくていいんだよ。そのままノンフィクションの棚でいいんだから)
 という思いなんですけどね。
 彼は、じっと「東洋一の本」の表紙と、帯の文章を読んでいる。著者である私はドキドキで、そばで見ていましたよ。なんか、我が子の入試の合否判定を待っている親の気分。

 もちろん店員さんは、まさかすぐそばに著者がいようとは知るよしもない。で、彼はその本の束を持って、別の棚に移動した。
 そこはエッセイの棚。
(ああ。ま、その棚でもいいけどね)
 と私は思う。
 彼はそこで、またガツガツと他の本を乱暴に入れ替えたりしてる。が、結局、「東洋一の本」をはじめとした数冊の本の束はそこの棚にも並ばない。
 彼は再び、手にした本の表紙をじーっと眺めている。本を開くわけではなく、まるでX線で透視する特殊な目を持っているかのように凝視している。
(あぁ、頼む! 早く、どうにかして!)
 と私は身もだえする思いで、そばに立っていた・・・・。(続く)